春のウェーブ



               耳をすましていると
               新月の殻を割って
               春の月が
               這い出てくる音がした

               くちばしの先
               ももいろの
               ほそいほそい三日月

               真新しい夜風を嗅いだ
               屋根に背中をこすりそうな
               低い西の空で

               耳をすますことを
               もうずいぶん忘れていた
               わたしの耳は
               いまようやく鋭敏になりはじめ

               沈黙を
               聴きとることに夢中になる
               啼かない植物のこえ
               発さない賢さで
               太っていく


               すこしずつ
               聴こえなかった歌も聴こえる
               黒ずんだ窓の夕べをふき取って
               明日を待とう

               寝転がって
               雲をながめている時間に
               育っていく
               おたまじゃくし

               そっぽをむいて
               飛行機を追いかけているあいだに
               地べたでひらいていくクローバー

               操られるように
               みんな手をつないで
               いちもくさんに向かっていく
               空で地面で木の上で
               まるまる太ったキャベツの裏で

               それぞれが刻む
               春のビートが
               踏み出した踵から
               じんじん伝わって

               いま
               あなたと
               黙って手をつないだら
               春のウェーブができるかもしれない
               手をつなぐひとたちを伝わって
               かけめぐる
               今年の春だ