ピアノ演奏


風車まわる道をあるいて
草のなびく方角に背伸びする
ピアノ
鍵盤の上をはじかれながら
右手と左手が交差する
おしゃべりな蝶の道案内に
すっかり時間を吸い取られてしまった
からっぽの花の蜜
小首をかしげて
からからと
風に軽くご挨拶


触れていると伝わってくる
木々の温気
まだ若い声のまま歌っていた
蒸発していく水のわだかまり
雲になってしまえば
虹になってしまえば
きれいに忘れてしまう

オルガンになってしまえば
壊れた鍵盤には埃と夢が積もって
さいしょから
忘れているの
きしむ黒鍵のたよりなさ
が好きだった
ぶかぶかのシャツを引きずって
つないでいた結び目が蕾のようだった
蜜もまだ
におわない
道のさき


右手と左手が交差して
追いかけていく
もげそうな黒鍵の影を踏んで
二度と帰らないのね
無口な蝶はひだまりのなか
光の粒に分解されて
やわらかい土の上に落ちていくひとつぶ
またひとつぶ


消印のように足跡をつけて
ふたつみっつよっつ
最初から憶えていることなんか
なにひとつなかったのに
張り詰めた弦が夜空にかかると
思い出してしまいそうになるのは何


追いつけない左手の連打
交わす約束には
雑草が生い茂り木々が生え
小さな森になった
壊れたものが芽を出しても笑わないさ
もう誰にも
笑わせない