触覚



                細い影が
                割り箸のように
                さけて転がったところに
                ふところがあった


                山道はうねり
                ひらけては
                閉じて
                遠のきながら
                近づいてくる


                木々の奥からは
                呪文のような
                笛の音がきこえた
                胸騒ぎの
                反響をくりかえし
                過ぎ去っても次のカーブで
                また待っている


                雨がふれば手をつないで
                なだらかに
                坂をくだっていく水のゆくえ
                見上げる森
                濡れた小石
                ちいさな津波


                二匹の虫は
                カサコソと枯れ葉を踏んで
                日の当たる道のむこうにむかって
                進むのをやめない
                重なったり
                縦になったり蠢きながら
                向こうにある
                日差しの
                むこうにある
                翳りの
                むこうにある
                なにか


                触覚が
                つやつやと虹のように伸びて
                互いの顔を見るたびに
                ぶつかった
                つぶらな眼光で
                見えるものより
                世界を感じ取れる
                か細いアンテナで
                互いを知ることのよろこびを

                二匹の虫は
                知っていた


                見上げる森
                遠のいてはまた
                近づいてくる
                光の渦
                影の渦
                まきこまれる
                置いていかれる
                ほうりだされる


                次のカーブでなにもないなら


                日の暮れかける
                森のそよぎを背にして
                下ってゆくのも悪くない


                近づいては
                遠のいていく
                光る背中に映りこむ
                森の声