パンク修理




                     ある晩
                     あたしが詩なんかかいてるあいだに
                     あなたは自転車のチューブを取り出して
                     ぴちぴちぴち
                     ここに小さな穴があるって
                     あたしを呼んで、見せた
                     見えないほどの小さな穴からもれるキタイ
                     こいつが原因だって

                     あたしが詩なんかかいてるあいだに
                     あなたの指をよごす黒い油は
                     あたしから出ているような気がする
                     午後10時

                     玄関の前でがちゃがちゃときこえる
                     あたたかい 音
                     動いている 音
                     それは
                     他人に愛されるあなたの音だと思う
                     その音を聴きながらあたしは
                     あなたにとって役に立たないことをしてると思う

                     あたしの自転車を夜遅く直す人のそばに
                     行こうとしてかきかけの詩を置いていこうとして
                     もうあとチョットとしているうちに
                     階段を上ってくる足音がして
                     直ったよ と普通に話しかけたから
                     ありがとう と普通にあたしは答えた

                     手を洗う水の音
                     その指の黒い油は落ちますか

                     あくる朝
                     玄関を出ると
                     何事もなかったように自転車がそこにあって
                     何事もなかったようにあたしも
                     いつものようにそれに乗って買物やビデオ屋や
                     出勤にむかう

                     でも
                     何事もなかったような前タイヤのチューブには
                     パンク直しのシールが2枚
                     あなたの汚れた指でていねいに打ちつけたシールが
                     キタイが漏れないようにいつも貼られてあることを
                     知ってるよ

                     あたしが詩なんかかいてるあいだに
                     あなたが仕上げたその作品はピカピカで
                     きっとこれ以上わかりやすい表現はなくて
                     だけどね
                     ぴちぴちぴち
                     互いの期待がもれてゆくちいさな穴に向かって
                     ぺたんと貼れる一篇の詩を
                     あたしはかきたいと思うんだよ





                                                       初出 poenique