ふたつの窓


桜荒れる春の日
どこかの部屋で暮らしている自分が
頭の中の窓から手を振っていた

空想の雲の上に置き忘れた
ありふれた小説の女のように

そのおんなはわたしの頭の中から
すいと伸びた虹を渡って
あなたの頭の中の野原をはだしで歩いた

森へ入り
鉄の花を摘んで
髪に飾った

あなたの頭の中に霧がかかると
いっぺんに血の色になって錆びてしまう
もろいその花が大好きだった

わたしはわたしの見慣れた窓にもたれて
頭の中のおんなを窓辺に誘った
ふたりのよく似たおんなたちは
それぞれの窓から首を出して
互いの顔を見つめあった
わたしたちはとてもよく似ていたけれど
互いに欲しいものが欠けていた

あなたの声がするとき おんなには
さざなみのような振動を覚えるようだった
あなたの温もりがあるとき おんなには
満ちていく月のカタチを想像するようだった

どちらが現実で
どちらが空想か
時折ふたりには区別がつかなくなった
いつのまにか
わたしの窓に彼女がいることも
彼女の窓にわたしがいることも
不思議ではなかった

つる草のようなハシゴを上り
空想の雲の上に飛び乗ると
雲は気流をつかまえスピードをあげて流れ始めた
遠くなっていくおんなの髪で
真っ赤な髪飾りが光っている

離れては重なるふたつの窓


呼び鈴が鳴って
ドアをあけて
近づいてきたあなたの胸に
鼻をつけると鉄の匂いがした
泡立ち過ぎた入道雲がアパートの屋根の上からはみ出ている

風吹き荒れる夏の日
わたしは新しい部屋の窓から手を振っていた