埋み火


大勢の人の中にいて
なぜわたしなのだろうかと思う
あなたたちがさっきから話し続けている
おいしいパン屋の名前も場所も
ぼんやりと片耳でしおれてゆくばかり
大勢のこのおんなのひとたちのなかにいて
なぜわたしなのかと思う
じんせいに選ばれたわけでもなく
見限られたわけでもないだろうけれど
声も高らかに屈託のないひとたちのなかにいて
わたしはあまりに黒々と塗りつぶされたように
ここに独り立っているようではないか
そんなこと誰にわかるはずもないけれど
しるしを付けられたように赤々と
体内で火がもえたぎっていることなんか
誰にもわかるはずもないけれど
どうしてかあなたたちの言語になぜかついてゆけず
わたしはある種の特別な発音にばかり興味をもちはじめ
花開くような啓示をしきりに拾うようになり
さっきから磔の時計ばかり気にしている
こんなおおぜいのひとのなかにいて
おなじ思いで青ざめて立っているひとなんか
その胸に赤々と生まれたばかりの火を隠して
ひとりぽつねんと時計ばかり見ているおんななんか
昼下がりの体育館は雨の匂いがしのびよる
ろくじゅうを過ぎたら今度はひとつずつ歳が減っていくのだと
わたしにもわかる色彩でそのひとは笑いながら言った
少女のように笑えるまでに
どんな思いを隠しつらぬきあきらめてきたのかと
まだ白い肌の横顔をのぞきみる
けれどそこにたどり着くまでのにじゅうねんは
なぜかとらえどころのない猛烈な憎しみを誘い
わたしのなかで塩にまみれたナメクジのように縮んでいく