一一七の扉




                          小さな布袋のなかには
              ひとつの鍵が在る
               もうなにも開くことのない鍵

              それは
              もう二度とひらかれることも
              とじられることもない
              我が家の玄関の鍵だ
              炎の向こうにくずれおちた
              アルミサッシの引き戸の鍵だ
              七年間の生活を守ってきた
              手垢のついた
              ありふれた鍵だ

              あのまだ暗い朝
              一瞬にして人々の暮らしを壊した
              あの出来事が起こるまでは
              あたりまえのように
              今日はつづくと思っていた
              あたりまえのように
              ポケットではねていた鍵は
              握るとひとはだに温もっていた
              あれ以来
              ひとの手の温もりを断たれ
              遺品のようにしまいこまれ
              忘れ去られて
              数年が経った
              この鍵で
              ひらかれる住処などもうどこにもなく
              手のなかに置けば
              無用さが冷たく滲みてくるのだが
              ひらかれる住処など
              どこにもなければないほど
              手の上で無用さが
              鈍く光れば光るほど
              一本のこの古びた鍵が
              愛しくてならない
              それはわたしたちのいた証
              夢のようにさえ思えるあの七年の思い出を
              ひもとく確かな重み
 
              目を瞑り
              見えてくる鍵穴に
              そっとさしこんでみる
              哀しみに戻るためではなく
              それからの人生を
              笑って歩いてゆくために
              この鍵で
              今度は記憶の扉を開いてゆく

              「ユメノヨウ」にしてもいいこと
              「ユメノヨウ」にしてはいけないこと
              こころの奥で待っている
              一月十七日の扉を