パッチワークたなびく



   どこかほつれている場所から
   走り出せばいいのかもしれなかった
   オレンジの糸の縫い目が切れて
   薄くなる
   夕景のにおい
   終りゆくにおい


   強引に押し入る
   スピーカーの男の声は
   礼儀正しく
   エンジンの付いたものなら引き取るという
   ネジ巻きの
   もたれかかる肩は動かない
   鉱物の重いからだではあるのだが


   乱暴なかぎ裂きの扉をくぐり
   飛んでゆけばいいのかもしれなかった
   麻でも
   綿でも
   平坦な糸の複雑な縁故と偶然を
   規則正しく繰り返してゆくその他に
   大切なものはあるか


   粗い縫い目に沿って
   呼吸をする
   刺繍のようにきれいな星空に
   漣漣として
   虫食いの穴にひき戻る


   母の匂いがする刺し糸の
   丈夫な連結から
   そっと顔をのぞかせた
   もう遠くまできてしまったので
   兄弟も見当たらない


   彩を
   常に考えていたわけではないので
   凝り固まった闇が
   あちこちに点在した


   病巣のように甘く横たわって
   あの闇のあたりは
   丈夫な糸でくくられている
   明るい色ほど脆い糸で煌いている


   色とりどりの風が吹き
   はためく世界の後ろでうずくまる
   鋲の打たれた
   つぎはぎの鉄製だった
   重いばかりで
   前に進めず
   時間だけを鉄の指で数えた



   ひかりの透ける傷跡から
   泳ぎ出せばいいのかもしれなかった
   うねる孤独を後ろ足で蹴って
   鉄の指
   波をかく
















                                初出 さがな。