電話ボックス



街角の電話ボックスは
まるで夢の続きのように
暗い浜辺にひっそりと立っていました

わたしは
暗い波で足元をずぶぬれにしながら
ドアを 押し開きます
なかはもう何年も
夜が明けていないような暗闇で
硬くからだを押し入れれば
わたしのサイズにぴたりと当てはまる
あたたかな
ドロのような闇でした

おんなの穴とはこんな感じなのかもしれない
暗闇に吸いつかれ動けないことが心地良く
そのまま見えない受話器を手にとって
聞き覚えのある声を待ちました
あるいは
聞いた事もない声を待ちました
あるいは
聞いてみたかった声を待ちました
あるいは

浜辺に打ちあげられた電話ボックスは
朽ち果てたわたしの棺桶でした

波のように人が蠢き
近づいては逃げてゆくのを見つめながら
やがて
棺桶は傾いで
ふたたび波のあいだを運ばれてゆきます
波のあいだを
漂流します
知らない浜辺を目指して 知らない
夜明けを目指して

思い焦がれるものがなんなのか
ちっともわからないでいるのです
見えない受話器を握りしめて
誰の名を呼んだらいいのかさえわからずに
なのに
押し開きたい
だから
押し開きたい
そこは

単なる自分の穴でしかないのでしょうか
おなにずむ
つながりたいのは
穴の奥にいるじぶん
穴の奥にいるきょうだい
穴の奥にいるともだち
穴の奥にいるりそう
穴の奥のおもいで
穴の奥のみらい

穴の奥に

こたえはない


そこに行けば
どこかへつながるような気がしていました
電話番号も忘れたあたまで
見えないダイヤルをぐるぐる回します
もしもし
もしもし

ここはひとりであたたかい
ここはひとりでさびしくてそしてあたたかい

(もしもし)



人が行き交うのを
電話ボックスの中から見ていました
あるいは
電話ボックスに取り込まれる人の姿を
待ち望んで見ていました

声のない口のかたちが
せわしなく動いて
誰に向かって話しているつもりなのか

死人はとてもおしゃべりです
ほんとうにとてもおしゃべりです