見知らぬ人



                    駅のホームに下りて
                    人ごみの中を流れてゆくと
                    父に似た人に気づく
                    あごの感じ 肩のはった感じが
                    どこか似ている
                    もしもし 父さん 元気ですか
                    父に似た人ごみの男に
                    胸の中で話しかければ
                    その男の似てる部分を通して
                    父の懐に届くような気がする

                    無言で通り過ぎてゆく
                    まるでレシーバーのアンテナになった男に
                    健康でいてくださいと
                    語りかけて見送った

                    人ごみの中には
                    母に似た女もいる
                    妹に似た脚の長い女や
                    弟に似た背の高い男もいる
                    もしもし 母さん どうしてますか
                    裏の雪はだいぶ融けましたか

                    喋りながら賑やかに遠ざかって行く人
                    そのうちまた電話するからと
                    母のアンテナに伝わるように
                    そっとつぶやいて見送った

                    離れていて会えないのではない
                    近くにいても滅多に会うことのなかった
                    私たちきょうだい
                    もしもし どんな毎日を送ってますか
                    今だれを愛してますか
                    そしてだれに愛されてますか
                    少しは姉さん風くらい
                    吹かせるべきなのかも知れませんが

                    じっと話しかけているうちに
                    ぷいと恋人と行ってしまった
                    それでもアンテナを信じているよ
                    後ろ姿を見送った

                    ぼんやりと
                    家族を思い出して歩いていると
                    ふいに私の目と合う目にぶつかる
                    もしもし 人ごみの中の知らない私は
                    あなたの家族に似ていましたか
                    私も誰かのアンテナになって
                    私と似ている見知らぬ人に
                    ちいさな電波を送っているのでしょうか
                    ふと思い出す なにげない瞬間に

                    誰かのもとに届くようにと
                    少しだけ目の奥にちからをこめた

                    人ごみは
                    駅の通路から吐き出されると
                    それぞれの帰り道にちぎれていった
                    ホームでの幻想のようなひとときの家族も
                    もう会うことはないだろう

                    さようなら
                    きっと毎日が
                    明るく健やかでありますように
                    見知らぬ彼らのアンテナに向けて
                    そっと念じて見送った