私の海



海の夢を見たんだ

海上に突き出たボート小屋に私はいて
はるか沖を眺めてた
すぐ後ろで恋人は
バイクの修理をしていた筈なのに
振り返ると 私ひとり
お決まりの哀しい夢

海ははてなく綺麗で
いつかテレビで観た事のある
どこか遠くの海のような透明なブルー
波音さえ美しく
寄せて返すさざなみと砂の動き
砂浜に下りて はだしの足をつけると
生暖かくて もう夏が来ていると感じたんだ
子供たちが泳ぎに波へと駆けていく

ボート小屋に戻って
窓から真下のゆらゆら青い水をみていると
そこは思いがけなく深くて
水の中を幾艘も幾艘も
どこかで沈んだカヌーのようが舟が
岸へ向かって流れていくんだ
まるで獲物を狙うワニのように
決して水面には出ずに
水の中を
まるで復讐するかのようにまっすぐ岸に向かって
幾艘も幾艘も

恋人はまだ戻ってこない
私は恐くなって沖を見ると
大きな波がうねり始めて
砂浜もろともさらって沖へと引いた
青い波の白いしぶきが
山のように盛り上がって崩れ落ちる瞬間
見えたんだ

さらわれた砂の下には真っ黒な真っ黒なヘドロの塊が
くさい臭いを放っていた
こんなにうつくしい青い海の中に
こんなに細かい砂の下に
それはちゃんとあったんだ

小学校の近くの小川にはカラス貝が棲んでいて
その川底の泥は
真っ黒で真っ黒で
掘るとくさい臭いがして
決まってそこからカラス貝が出てきたんだ
生活用水の垂れ流された水で
カラス貝は太っていった
あの真っ黒な真っ黒な泥とカラス貝は
いつか
私の不実の水に棲みつく

こんなにうつくしい異国の海のなかに
細やかな砂の可愛い揺らぎのなかに
はるかな水平線の自由のなかに
それは今もちゃんとあったんだ
忘れていたのは私だけで
どんなに水が流れて砂が洗われても
ひっそりと蓄積される汚泥のアブク
私の垂れ流した卑しい感情で
カラス貝は太っていった

青い山が崩れ落ちて
砂浜は元通りに明るく広がって
海はさざなみをくりかえす

ひとりになったボート小屋で
はるか沖を眺めながら
この海は
私の海だと思ったんだ