東本願寺のユーレイ



                 晴れた日の東本願寺には
                 ハトと観光客
                 門の入り口で豆を売るおじさん
                 並んだビニル袋を横目に
                 足早に門をくぐりぬけると
                 そこから空気が違う気がして
                 思わず深呼吸をした

                 ユーレイになると
                 もう自分じゃ息ができないから
                 好きだった人の吐いた息を吸って
                 ふわふわ時間を漂ってるんじゃないのかな

                 お堂に近寄って
                 どうしようか少し迷って
                 まだ時間もあることだし入ってみることにした
                 色褪せた木のぬくもり
                 てかてかの廊下
                 ふところを大きく開けて
                 いらっしゃいと建っているその中は
                 薄暗く混沌としていてなつかしい
                 きょだいでわいせつな母体そのものだ
                 かつて丸まって自分を抱いていた暗がりへと進めば
                 古びた畳は羊膜のようにあたたかく
                 ぐいぐいと押し出すようにあるいて
                 まぶしい廊下へと抜けた

                 私のユーレイはどこにいるんだろう
                 会いにきたんだよ
                 あなたの一部がここに納められていると
                 お母さんに聞きました
                 私の息を吸って漂うものに
                 ふたたびおおきく深呼吸をおくる

                 誘われるようにして
                 てかてかの廊下に腰をおろし
                 とことこ歩き回るハトやしずかな観光客を眺めた

                 こんな景色をみているんだな
                 ね いつか私が死んだとき
                 あなたがすでに生まれ変わっていたとしたら
                 もうあの世でも私たちが会うことはないのかな
                 だとしたら
                 生きることはなんて価値のあることなんだろう
                 出会うことはなんて必然のことなんだろう

                 正門の向こうは賑やかなバス通り
                 豆売りのおじさんにもお客がぽつぽつ立ち止まり
                 やがて約束の時間がくる

                 明るい今日がここにもあります

                 振り返らずに
                 正門から生まれ落ちれば
                 来た道をそのまま辿って
                 汗ばむ十月を生きている人たちに会いに行く